1 / 7
戦え、食って戦え、士官候補生よ
日曜、午前6時きっかり。 まだ食堂すら開いていない時間帯に、教官室の前で立ち尽くす候補生たちがいた。 三人。いずれも地味な印象の男子候補生。真面目で、筆記成績は常に上位。しかし体力試験では壊滅的な結果を叩き出した面々だ。 昨日の長距離走訓練で、彼らは最後尾をヘロヘロでゴールした。見ていた上級生が一様に顔をしかめたほどの、ひどい結果だった。 そんな彼らに向けて、ブロント少尉は鋭く告げた。 「貴様らには……特別訓練が必要のようだな。明日、教官室に6時集合。──遅れたら貴様の人生を後悔で埋め尽くすことになるぞ」 その顔は笑っていたが、笑っていなかった。目が本気だった。全員、震えながら敬礼して帰った。 ──そして今。 「……お、俺たち……なにされるんだ……?」 「スクワット一万回とか……?」 「いや、もっと、こう……山でサバイバル訓練とか……?」 ガチャリ、と教官室のドアが開いた。 「……遅い」 ブロント少尉が出てきた。パリッとした軍服に、金色のポニーテールが揺れている。恐ろしく美しいが、今の彼らには死神の鎌のように見える。 「入れ」 命じられるがまま入室した彼らが見たもの。 ──大量の朝食だった。 「……は?」 「……え?」 「……なにこれ……?」 広いテーブルの上には、目玉焼きが乗った皿が10枚。ソーセージ、ベーコン、山盛りのごはん、味噌汁、焼き魚、パンケーキ、フルーツ、牛乳。 まさに戦場。 その中央に、ブロント少尉が腕を組んで立っていた。 「食え。全部、だ。訓練の一環だ」 「え、えっ!?」 「食べる訓練!?」 「拷問……じゃないの!?」 「黙って食え。食うことは、生きること。生きることは、戦うことだ。──つまり、たくさん食べる奴は強いんだ」 「理屈が……雑!!」 ブロント少尉は一歩前に出た。 「お前たちがへばった理由は、単純だ。──栄養が足りてない」 「はぁ……」 「根性論ではない。これは事実だ。お前たちは毎日、勉強ばかりして、食事は手早く、適当に済ませている」 「………………」 「だがな、戦場で生き残る兵士は、誰よりもたくさん食う者だ。エネルギーのない兵士が、何を守れる?」 ブロント少尉の声には、真剣さと、妙な熱がこもっていた。 「それに──この私の手料理だぞ?」 「えっ、少尉の……!?」 「そうだ。すべて私が、午前四時から作った。栄養バランスを考え、味も、見た目も、完璧にだ。文句があるか?」 「ありませんッ!」 「いただきます!!」 「……いただきますッ!!!」 こうして三人の候補生は、戦った。 己の腹と、胃袋の限界と。 「く……うまいのに……苦しい……」 「でも、でもこれ……手作り感が……ああ、ベーコンの火入れが完璧……」 「くっ、泣けてきた……なんでだよ……なんで……」 ブロント少尉は、その様子を静かに見守っていた。 「ふふ……。貴様らには……才能があるようだな……。明日も来い。次は“高タンパク・中脂質強化メニュー”を用意しておく」 「明日も!?」 「それって何!?」 「帰れねえッ!!!」 ──だが三人はこの日を境に、体力評価でも中位へと浮上し始める。 その秘密を語る者はいなかったが、食事量が二倍になったことは、誰の目にも明らかだった──。 ただ、早朝にブロント少尉に呼ばれるという事は、一つのステータス(役得)として広く認識されることととなった。