エルフ界のメタルバンド~音量注意~
――ボーカル・エルフ、ヴォーネリア。 森を揺るがすような高音シャウトで有名なバンド「ペイレットトーパー」のフロントを張る彼女には、物騒な噂がつきまとう。ライブ中にノリの悪い客がいると、その首をはねてしまうというのだ。もっとも、ヴォーネリア本人はいつも首をかしげている。 「私はただ、会場全体を盛り上げるために剣を抜いただけなんだけど…。確かに切りつけたことはあったけど、流石に殺してはいないのに……」 そう呟くヴォーネリアに、近くにいたギター担当のエルフ・リェンドールが恐る恐る口を挟む。 「ですよねー(いや、切りつけるだけでヤバいよ)」 その横では、ベースを担当するリザードマンのスレイニスがソワソワしながらうなずいた。 「だよねー(もうこのバンド早く辞めたいんだが…)」 ドラムのドワーフ・ボルドーは横目で彼らを見やり、居心地悪そうに頭をかく。(今日こそ言わないと…) 「えっと、その……実は俺、他のバンドに誘われてるんだけど……」 一瞬で空気が変わる。ヴォーネリアの細身の剣が音もなく鞘を離れ、ビシリとボルドーの喉元へ突きつけられた。 「はー? もちろん断ったんだよね?」 「は、はい、もちろんです!(急いで断らないと命が危ない……)」 「今度言ったら殺すぞ!」 強烈なヴォーネリアの言葉に、リェンドールとスレイニスは見事に声を揃える。 (助けて…) こうして、今日もバンド「ペイレットトーパー」は色々な火種を抱えながらもリハーサルを続けていた。明日は待ちに待ったワンマンライブ。彼らの名物はもちろん、ヴォーネリアの剣技と迫力のシャウト、そして“うっかり”客を斬りかねない恐怖とスリルだ。 翌日、ライブ当日の会場は満員。噂を聞きつけた観客たちが、戦々恐々としながら待ち構えている。ステージ裏でチューニングをしながら、ボルドーが震える声でリェンドールにささやいた。 「なあ……この人たち、ほんとに盛り上がるのかな……俺たち、今日こそ危ないんじゃないか?」 「うーん、まぁ、ほんとに危なそうになったら逃げるしかないよ。」 「助かる気がしねえ……」 やがて照明が落ち、歓声がわき起こる。その声量を確かめるように、ヴォーネリアがステージ中央へ音もなく進み出た。不敵な笑みを浮かべ、いつも通り腰には長い剣がぶら下がっている。会場が彼女をひと目見た瞬間、だれもが息をのむ。噂通りの狂気をはらんだ瞳。にもかかわらず、その美貌と存在感に惹きつけられずにはいられない。 「ペイレットトーパー、始めるよ! ついてこない奴は……わかってるわね?」 その威嚇に近い一言で、一気に体温が上がる観客席。見渡せば拳を振り上げる者、手を合わせて今にも祈りを捧げそうな者までいる。リェンドールはちらりとヴォーネリアの顔を見て、(怖いけど……こいつ、ほんとはただライブが大好きなんだよな)と密かに思った。 ギターのリフが切り裂くように響き渡り、ベースの低音が重くうねる。ドラムの連打は大地を叩き割る衝撃を生み出し、最後にヴォーネリアの絶叫シャウトが乗った。客席からは地鳴りのようなヘドバンが返ってくる。ヴォーネリアは剣を高く振りかざし、まるで神に捧げる儀式のように一瞬だけ静止する。そして一気に振り下ろした――が、その剣先は、ノリの悪い客やバンドメンバーにはかすりもしなかった。ただ虚空を裂くだけのアクションだったのだ。 (やっぱり彼女は……人を斬るつもりなんて、ないんだよな) リェンドールは胸をなで下ろす。スレイニスもほっと息をつき、ボルドーは「やめてくれ、心臓に悪い」と愚痴をこぼしながらもリズムを刻む。観客の熱量は最高潮。噂の「斬首ボーカル」と崇められるヴォーネリアは、誰よりも楽しそうにマイクを握っていた。 夜空に月はかたむかず、むしろ冷たい星々の瞬きが空全体を覆い尽くすように輝いております。闇の向こうに浮かぶ雲は、黒曜石を磨いたかのごとく艶やかです。風はひそやかな音を運びながら、舞台裏の情熱と歓声の残響を遠くへと連れ去っていきます。ヴォーネリアたちが生み出す轟音の余韻は、天上の深い静寂を震わせるように広がり、まるで新たな物語を祝福する合図のようであります。優しくも厳かに、星の帳が彼女らを包み込み、次なるステージへ向かう旅の始まりをそっと告げるのです。 ---- モデルはリンドバーグ アコギに見えるのは多分おおきなひょうたん。 歌詞 剣を持って歌うエルフは ノリの悪い客のクビをはねる