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雨降る闇夜に(前編)
「本格的に降って来ちゃったな」 仕事先のスタジオを出てしばらく歩いた私は、降り始めた雨から逃れるべくひと気のない夕方のビル街で軒先を借りていました。しかし雨は強くなる一方、これは玄葉に傘を持ってきてもらうべきかな、と考え始めた時の事です。 「凪さん、こんばんは」 「え、瑞葵ちゃん?」 瑞葵ちゃんが傘をさして現れました。ここは私の家からも瑞葵ちゃんの家からも割と離れていて、こんなところを通る用事なんて無さそうなものですが・・・。 「偶然ですね。もしかして、雨に降られたけど傘を持っていなくて困っている感じですか?」 「実はそうなんだ。玄葉に電話して傘を持ってきてもらおうかとも考えたんだけどね」 タクシーも考えなくは無かったですが、ちょっともったいないと思ってやめました。女の子を夜に安全に家まで送る目的ならともかく、私一人が帰るだけなら節約したいものですし。 「ふふ、良かったら私の傘に入っていきますか?帰る方向は同じなんですから、遠慮しなくていいですよ?」 「え、でも」 私と瑞葵ちゃんでは結構身長差があるので、私と瑞葵ちゃんが同じ傘に入ると瑞葵ちゃんが濡れてしまいそうです。 「凪さん、実は私が一緒に帰ってほしいんです。ほら、もうすぐ夜ですから、私一人だとちょっと不安で」 「あ、そっか。そういう一面もあるよね。うん、だったら一緒に帰ろうか」 瑞葵ちゃんを一人で帰らせて何かある方が嫌ですから、瑞葵ちゃんの傘に入れてもらう事にしました。 「凪さん、今日の天気予報は見てなかったんですか?」 「いや、降る前に帰れるかなって思ったんだけどね。モデルの子がなかなか髪型決まらなくてさ、ちょっと時間が押しちゃったんだ」 「あー、髪が長いとそうかもです。私はそんなに癖毛じゃない方だと思いますけど、それでも時期によっては大変ですし」 「瑞葵ちゃんは髪長いもんね。その点向日葵ちゃんは楽なのかな」 「ブブー、凪さん減点です。せっかく相合傘してるのに他の女の子の話題は禁句ですよ?」 「ええー」 そんな感じの他愛もない話をしながら、私たちは帰り道をゆっくりと歩きました。二人で一つの傘を使っているからあまり早く移動できないのと、どうせ急いだところでもうズボンの方は結構濡れているから今更変わらないかな、と。そんな訳で、私の家に着くころにはすっかりと夜でした。 「瑞葵ちゃん、ちょっと家で休んでいく?歩き通しで疲れたでしょ」 「そうですね。せっかくだからお邪魔しちゃいます」 玄関先で傘をたたむと、瑞葵ちゃんを前に立たせて私は玄関のドアを開けました。その瞬間です。 「もー!悪霊退散!」 「華麗なる回避ぃ!」 その出来事はスローモーションのように見えました。上がり框にいた玄葉が、玄関ドアのすぐ内側にいた幽魅めがけて大量の塩を撒いたのです。恐らくまた幽魅がなんか玄葉をいじって癇癪を起こさせたのでしょう。幽魅はその撒かれた塩を、素早く床の中に溶け込んでかわしました。おかげで、撒き散らされた塩はまっすぐに瑞葵ちゃんに向かって飛び、瑞葵ちゃんが頭から大量の塩をかぶる事になりました。玄葉が「あ、やらかした」という表情をして固まるそのタイミングまで、私は一歩も動けませんでした。 「あ・・・」 「瑞葵ちゃん、大丈夫!?こら玄葉、瑞葵ちゃんに謝って!」 「ごっ、ごめんなさいっ!すぐ拭くものを」 「ア・・・アアアアアアア!」 瑞葵ちゃんが聞いた事もないような絶叫を上げて、傘もささずに雨の中に飛び出していきました。突然の事に、残された私たちは固まってしまいましたが、私が真っ先に我に返り、瑞葵ちゃんを追いかけます。 「瑞葵ちゃん、どうしたの!?」 「アアア!ウ、グ、グオオオオ!」 瑞葵ちゃんは家を出てすぐの道路で、もがき苦しんでいました。両腕を激しく振り回して暴れ、何かを振り払うようにしています。 「ア・・・アアア・・・」 その動きがだんだん弱まり、しまいには瑞葵ちゃんはうつ伏せに倒れてしまいました。 「瑞葵ちゃん、瑞葵ちゃん!」 私が肩を揺さぶって呼びかけますが、意識が戻りません。このままこうしておくわけにもいかないので、とりあえず私は瑞葵ちゃんを家に運び込むことにしました。