1 / 5
宿城の息子は将来有望
晶さんに相談があって金剛院邸を訪れました。もちろん婚約者の件です。私に金剛院を背負うのは無理なので、誰か他の人を推薦してもらわなければ。 「花梨お姉ちゃん、誰か来たよ・・・?」 「あ、早渚さんだ。いらっしゃいませ~」 庭園を歩いていると、横から声が。見ると、桜一文字さんと、少年が私を見ています。あの少年は、確か宿城の息子ですね。 「桜一文字さん、こんちには。その子は・・・」 「羽佐美サイバ君です。裁縫の裁に刃でサイバって読むんですって。ほら、サイバ君、怖くないから挨拶しようね~」 それ、裁きの刃とも読めるんですけど。厨二病ネームだなぁ。 「こ、こんにちは・・・」 サイバ君、と呼ばれた少年は、桜一文字さんのスカートの陰に隠れながら私に挨拶をしてきました。この子にとってみれば、私はいわば父親の仇な訳ですから、怖がるのも無理はありません。 「こんにちは、サイバ君。早渚凪です」 しゃがみこんで、サイバ君と目線を合わせました。と、彼の腕に巻かれた包帯が目に入ります。 「桜一文字さん、その子の腕、宿城に蹴り飛ばされた時の怪我ですか?」 「ええ、幸い骨折とかはしてなかったんですけど、蹴られた胸は打撲、床に擦った腕はひどい擦り傷を負っていて」 あの時の宿城は怒りに任せて全力でサイバ君を蹴り飛ばしていたからな・・・本当にひどい奴です。 「そう言えば、どうしてサイバ君がこのお屋敷に?」 「お母さんの高枝さんが、あの騒動で金剛院家に迷惑をかけてしまったんじゃないかって心配して、わざわざ東北からご挨拶に来て下さったんです。それで、大人の話に付き合わせるのも悪いので、サイバ君は私と遊んで待っている事になりました」 「花梨お姉ちゃん、優しくて何でもできるの。そ、それに・・・かわいい」 サイバ君は顔を赤らめています。ああ、桜一文字さんに初恋泥棒されたんだな。桜一文字さんを見ると、両手を自分の顔に当ててふにゃふにゃな顔をしていました。 「サイバ君、超いい子ですよね~。19も年上の私の事、お姉ちゃんって呼んでくれたり可愛いって言ってくれたり。サイバ君の方が可愛いよ~」 サイバ君をぎゅっと抱きしめて頬ずりしています。サイバ君の方はもう真っ赤です。いいおねショタが見られました。 「ね、サイバ君。次はお部屋で遊ぼうか」 「う、うん」 どのみち晶さんが高枝さんと話をしている間は私も用事が済まないので、こっちの二人に付き合おうかな。 「ほら、このソフトだとサイバ君が大人になった時をイメージした写真を作ってくれるんだよ」 「すごーい!」 桜一文字さんはパソコンでサイバ君の写真をいじって見せています。これはあのメイド部隊の宣伝の時に使ってたソフトかな。 「ちなみに~、サイバ君がもし女の子だったらって写真も作れちゃうの」 「わぁ・・・!」 サイバ君は目をキラキラさせて画面に見入っています。しかし、大人になったサイバ君、男にしても女にしても美形だな。まあ、顔は宿城の遺伝子を受け継いでるから顔面偏差値が高いのは納得です。 「でもね、早渚さんはプロの写真家だから、もっともっとすごい写真が撮れるんだよ」 「ほ、本当ですか?すごいなぁ・・・!」 「あ、ああ。もちろんだよ」 桜一文字さん!ハードルを上げないでください。と、部屋のドアがノックされました。高枝さんです。 「息子がお世話になりました。裁刃、帰ろう?」 「おかあさん・・・うん、分かった」 サイバ君はちょっと寂しそうに桜一文字さんを見ました。懐いていたもんな。東北住みだともう簡単には会えないんだろうし、ちょっと可哀そう。 「花梨お姉ちゃん」 「うん、なあに?」 サイバ君は、桜一文字さんをしっかりと見つめると、勢いよく宣言しました。 「ぼく、大人になったら花梨お姉ちゃんと結婚したい!」 「えっ!?」 おお、やるなサイバ君。しかし、桜一文字さんはちょっと困惑しています。そりゃそうだ、19歳差って事は、サイバ君は今7歳。それが結婚できる歳になる頃には、桜一文字さんはもう37歳ですからね。 「え、えっと、サイバ君・・・ごめんね、実はお姉ちゃん今この人とお付き合いしてるの!」 「!?」 桜一文字さんが私の腕に抱きつきました。私が戸惑っていると、 「(合わせて下さい!)」 口を動かさずに小声で指示が飛んできました。う~む、まあ、サイバ君には悪いけど、その頃になるまで桜一文字さんが独り身とも限らないから、早めに諦めてもらった方が良いんだろうな。 「実はそうなんだ。ごめん、サイバ君」 「そっか・・・」 目に見えてしょぼんとしてしまうサイバ君。罪悪感すごいな、これ。何とかして元気づけてあげられないかな・・・。 「あ、そうだ。サイバ君、私からお土産をあげるね」 「?」 きょとんとするサイバ君に、私は桜一文字さんの写真をあげました。軍服に身を包んだ少女時代のあれです。サイバ君は、目を見開いて口も半開きになって、食い入るように写真を見つめています。あれ、これむしろ諦められなくしちゃったかな・・・。 「早渚のおじさん、ありがとうございます!ぼく、おじさんみたいに写真で他の人を元気に出来るカメラマンになりたいです!」 サイバ君はお辞儀をすると、嬉しそうに高枝さんのところに走っていきました。良かった良かった、と思っていたら私の腕の関節が悲鳴を上げました。桜一文字さんが組んだままの腕を極めてきていたのです。 「早渚さん、私あの写真回収したはずですよね。何でまだ持ってるんですか」 「あっ、やべ」 そう言えば写真は返した事になってたんだった! 「複製しましたね?・・・早渚さん、今度のお休みに早渚さんのお家にお邪魔しますから。お部屋とパソコン、『お掃除』させてもらいますね。日頃のお礼に」 「ええ!?い、いやそんなご無体な、じゃなくて悪いですよ、そんな事してもらうのはっ!?い、痛たたた!」 「返事は『イエス、マム』」 「い、イエス、マム!」 桜一文字さん、目に一片の情もない!本気で消す気だ! 後日、桜一文字さんは本当に私の部屋を訪れ、いろいろと『お掃除』していきました。まさかクラウドストレージの中までチェックしてくるとは・・・。事前にCD-Rにデータを書き込んで、歌謡曲のジャケットをかぶせてカモフラージュしておかなかったら危なかった。油断ならない人です。