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除草作戦(2/5)
時刻は少し遡る。宿城サイトを乗せた高級車が、秘書の運転でスイレンを目指して出発した。 「社長、お忘れ物はありませんか」 「ああ、抜かりはない。今日はようやくあの美しい『赤』が手に入る日なんだ。入念に確認しているさ」 「『赤』・・・金剛院晶様ですね。確かに、あの美しい女性とご婚約されるとなれば、こちらも手抜かりなどあっては格好がつきませんね」 手抜かり、という言葉に宿城は思考を巡らせる。本当に問題は無いのだろうか、と。 「おい、そう言えば俺を探っていた探偵はどうしている?」 「それなのですが、昨日の午後からレンタカーを借りてこの町を出ていきました。旅行用のスーツケースを持って行ったようなので、それなりに遠出だと思われますが」 「行き先は分からんのか?」 「詳細は不明です。東北方面に向かってはいましたが」 「東北か・・・」 宿城に一抹の不安が去来した。東北地方には、宿城が学生時代を過ごした町がある。 「もしかすると、この町での聞き込みが上手くいかないから俺のルーツを探ろうとしているのかも知れないな。まあ、どうせ今更だが」 「昨日出発した訳ですから、調査するにしても今日からでしょう。確かに今更ですな。なにかスキャンダルをつかんだとしても、その頃には社長には金剛院の後ろ盾がある」 「その通り。もし俺のやってきた事の一部を掴んだとしても、向こうは所詮私立探偵。こちらが手を回して証拠を握りつぶすのはたやすい。金剛院グループとしても、いきなり婚約者にケチがつくのは面白くないだろうから、力を貸してくれるはずだ」 そうなればあの探偵の方こそおしまいだ。宿城は不安を解消し、再び余裕の笑みを浮かべる。 「いやあ、しかしあの探偵、誰に雇われたのでしょうな」 「大方レイプ被害にあった女の誰かだろう。タイミングは最悪だったがな」 「はは、そうですな。よりによって婚約の大詰めの時期とは・・・」 そこでふと、秘書は言葉を切った。 「社長、もしかするとなのですが、探偵を雇ったのは金剛院では?正式な婚約前にこちらを探ろうとしたとか」 「それはあるまい。『赤』もその父親も、俺をすっかり信じ切っている。何年越しに信頼を築いてきたと思ってるんだ」 「・・・そうですな、考えすぎでした」 宿城の自信たっぷりの態度に、秘書は考えを改めた。しかし、それはそれとして秘書はたった今の宿城の言葉に違和感を覚えていた。 「ときに社長、なぜ金剛院家の皆様を名前で呼ばないのですか?」 「ん?なんだ、そんな事か。簡単だ。考えてもみろ、お前は手帳でもペンでも車のキーでもなんでもいいが、自分の使う道具にいちいち名前なんてつけるか?」 「それは・・・つけませんが」 「そうだろう。名前なんてつけていたら、その存在が『特別』で『愛着がある』みたいになるだろ。そうなったら、『不要になったら切り捨てる』という考えが鈍るかも知れないからな」 言われて秘書は思い至った。秘書に就任してから今日まで、一度も宿城に名前を呼ばれた事がないという事に。 「もちろん、公の場などでは不自然だから名前で呼んでやるがな」 「ははは・・・」 宿城にとっては、秘書である自分も、金剛院の令嬢も、全て道具に過ぎない。それを思い知った秘書は、乾いた笑いで応えながら車を走らせていった。 ●数時間後・リゾートホテル『スイレン』イベントホールにて もうすぐパーティの始まる時間という事もあり、徐々に人が増えてきました。宿城も到着し、招待客と順に挨拶を交わしています。晶さんはと言うと、晶さんのお父さんである『金剛院王歩(おうぶ)』さんも会場入りしていて、二人で話をしているようです。そばには桜一文字さんが控えています。時折、どこかの社長らしき人が金剛院家のテーブルに訪れるのでそうした時には席を立って応対していました。そういったお偉いさんたちの他は、私の他にも宿城に呼ばれたのでしょう、情報誌の取材班などが数グループ来ていました。 私はこうしたパーティの様子を、見栄えの良さそうな場面を探して会場を歩きながら撮影していきます。何枚か撮った後、写真を確認していると不意に肩を叩かれました。 「やあ、貴方が金剛院晶さんのご友人の早渚凪さんですね。はじめまして、宿城サイトです」 なんと、宿城が爽やかな笑顔を浮かべて私に声を掛けてきました。確かに私をこの場に呼んだのは彼なので、挨拶に来ても何もおかしい事は無いのですが、いきなりの事でだいぶ驚いてしまいました。 「は、はじめまして。早渚です。本日はお招きいただきましてありがとうございます」 「はは、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。後程スピーチしていただくとはいえ、注目の的になるのは俺と晶さんですから」 こうして話していると、本当にただの好青年にしか見えません。しかし、晶さんや幽魅の見た姿が本性なのは分かっています。きっと、私が暴露を始めればその攻撃性をあらわにするのでしょう。 「お気遣いありがとうございます。宿城社長、本日はご親族の方もいらしているんですか?ぜひご挨拶にうかがいたいのですが」 「ああ、それならあちらのテーブルに父と母が」 宿城が示したテーブルには、熟年の男女の姿がありました。・・・あの二人には悪い事をしてしまいます。これだけの人の目に息子の醜態がさらされる事になるのですから。 「今日は宿城社長の“晴れ舞台”になるでしょうから、あのお二人も感極まる事でしょうね」 「おっと、早渚さん。婚約発表の事は、まだ父と母には告げていませんので。サプライズなんですよ。もちろん、二人だけじゃなく他の招待客にもバラさないでくださいね」 「あ、すみません。気を付けます」 サプライズか・・・たしかに、とんだサプライズになるでしょうね。 「では、俺はこれで」 「ええ、また後で」 宿城サイト、晶さんを泣かせたお前を許しはしない。その笑顔の仮面、私が叩き割ってやる。立ち去る宿城の背中に、私はその決意の念を込めた視線を突き刺しました。